届かなかった謝罪。壊れた家庭の真ん中で、私が今さら気づいたこと。
※この記事は、私の個人的な「愚痴」です。 現在、離婚という重い問題の渦中におり、整理のつかない感情を書き殴っています。読み進めるのが辛い方は、どうかここで画面を閉じてください。
今さら何を言っても遅いのですが、私は、私たちの関係は「離婚するほどではなかった」と今でも思っています。
1. 妻の「プライド」と、私の「過ち」
妻の生い立ちや特性を冷静に分析してみると、彼女は義父母から大切に、ある意味では「甘やかされて」育ちました。その分、プライドが非常に高く、一度傷つくと修復が効かない一面があります。
私が謝罪を尽くしても、彼女の心は氷のように冷たいまま。離婚の意志は岩のように固く、揺らぐことはありませんでした。 そんな彼女を甘やかしてきた義両親も、今さら娘を諭し、教育し直すことはできないのでしょう。
2. 「世間一般のよくある話」が招いた悲劇
もちろん、一番の原因は私の「モラハラ」的な態度にありました。それは重々承知しています。
けれど、心のどこかで**「これくらいの夫婦喧嘩、世間にはよくある話だ」「裁判になったとしても、離婚事由になるほどの悪行ではないはずだ」**と高を括っていた自分もいました。
もし、代理人弁護士がもっと冷静に関係を分析し、彼女を諭してくれていたら……。そんな淡い期待を抱いてしまう自分が情けなくて仕方がありません。
3. 「他人」は変えられない。変えられるのは「自分」だけ
しかし、どれだけ後悔しても、相手を責めても、仕方のないことです。 他人の感情をコントロールすることは不可能です。どんなに不本意であっても、相手が変わらない以上、私が気持ちを切り替え、次の一歩を踏み出すしかないのです。
このまま止まっていても、誰も救われません。
4. 子どもたちへ、消えない申し訳なさ
ただ、どうしても、どうしても消えない思いがあります。 それは、子どもたちへの申し訳なさです。
大人の事情に巻き込み、彼らの日常を壊してしまったこと。親として、これ以上の不徳はありません。せめてこれからの人生で、彼らに何ができるのか。それを考え続けることだけが、今の私に許された贖罪なのかもしれません。

