「貢ぐ」か「貸す」か。冬の朝の冷気と、投資信託で見失いかけた「私のリスク許容度」
私も少額ながら、コツコツと投資信託に取り組んでいます。 日々、資産運用の情報を集める中で、私が長年参考にさせていただいているお一人が、アドバイザーのカン・チュンドさんです。
先日、彼のブログ(
株式は「貢ぐ(預ける)」、債券は「貸す」
カンさんの解説はいつも明快ですが、今回の比喩は特に心に刺さりました。
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株式とは、その相手(企業)にお金を「貢ぐ(預ける)」こと。 運命を共にし、成長すれば大きなリターンを得るが、ダメな時は共に沈む。リスクは高いが夢がある。
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債券とは、相手にお金を「貸す」こと。 「いつまでに、いくら利子をつけて返してね」という契約。手堅いが、リターンは限定的。
市場全体で見れば債券の方が規模は大きく、世界のマネーの土台となっています。この「攻めの貢ぎ物(株式)」と「守りの貸付(債券)」のバランスこそが、運用の肝なのだと改めて痛感しました。
慣れという名の「麻痺」
投資信託を始めたばかりの頃、私はもっと慎重でした。 「老後資金の足しになればいい」「少しでも増えればラッキー」……。そんな控えめな目標だったはずが、運用に慣れ、画面上の数字が上下する刺激に晒されるうちに、いつの間にかリスク許容度が肥大化していたようです。
気がつけば「もっと利益を」「効率良く増やしたい」という欲が、本来の目的を追い越そうとしていました。
100%株式運用の「盲点」
現在、私は現役世代としてフルタイムで働いていることもあり、「債券はリターンが低いし、最近は株式との分散効果も薄れている」という理由で、**株式100%**のポートフォリオを組んでいます。
「現金との比率を自分で調整すれば、債券なんて不要だ」 そう割り切って過ごしてきましたが、カンさんの言葉を借りて自分を見つめ直すと、今の私は**「少し欲張りすぎて、崖っぷちを走っているのではないか」**という不安が顔を出しました。
「楽して生きる」を、一度捨てる。
老後のためにリターンを求めるのは当然ですし、欲が出るのも人間の性(さが)です。 しかし、忘れてはいけないのは、**「生きていくためには、体が動くうちは働き続ける」**という地に足のついた覚悟ではないでしょうか。
資産運用にすべてを委ね、楽をして生活しようという考えに寄りすぎるのは、少し危険かもしれません。冷たい朝の空気が教えてくれたのは、投資という「貢ぎ物」の成否に一喜一憂する前に、自分自身の労働という「資本」を大切にする、という当たり前のことでした。
来年度に向けた、静かな決意
2026年、そしてそれ以降の運用について、もう一度自分の**「本当のリスク許容度」**を測り直そうと思います。
債券をポートフォリオに組み入れるべきか、あるいは今の現金の持ち方を見直すべきか。 「もっと、もっと」という心の声を一度黙らせ、冬の朝の冷気のような冷静さを持って、自分の資産と向き合ってみるつもりです。
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